売れる営業トーク設計法を伝授。飛び込み営業マンが害虫と呼ばれないように、だれでもトップ営業マンになれます。営業トークの極意を公開中!小心者専門売れる営業トーク設計法

日本唯一の「小心者専門営業コンサルタント」木戸一敏のプロフィール

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それは中学生のときにはじまりました。

「仕事ってのは楽しむもんじゃないんだぞ!」
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こんな父親の言葉に、疑問を持っていました。長距離トラックの運転手一筋、真面目に一生懸命働いてた父親です。

「絶対に自分の好きなことをして、飯を食えるようになるんだ」

私は、中学生から強くこう思うようになり、高校を中退して音楽の道に進むことを決意。17歳で上京し、ロックバンドのギターを弾いて作詞作曲、アレンジに明け暮れる毎日を送っていました。

音楽を最優先した生活にするために、仕事はアルバイト。対人関係が得意ではなく、アルバイトを先は何度も変わりました。窓ガラス拭き・皿洗い・トラックの運転手・荷物の仕分け作業・警備員・築地の配送など、とにかく人と関わらない職種ばかりのアルバイトです。

求人誌を見て、次の仕事を探すことを何度も繰り返していたんです。そのとき、いつも目に止まったのが『月収100万円。未経験者大歓迎、あなたにもできる!』のチャッチコピー。

商品に感心を示さなかった人を、最後には「買いたい」といわせてしまう、そんな営業マンに憧れていました。

「一体どんな人が、トップ営業マンになれるんだろう。何を話せばそうなるんだろう」

求人誌を見るたび、いつもそう思っていたんです。喫茶店のウエイターすらできない私だったんですが、なぜか営業にチャレンジ。トップ営業マンに強く憧れていたんです。でも現実は、ウエイターすらできない人間に、営業ができるわけがありません。お客さんに話をする恐怖から3日でリタイア。

「やっぱり営業には向いていない」

そう悟って、営業マンの挑戦をあきらめるんですが、1年も経つとまた営業マンへの憧れの想いが沸々と湧き上がってくるんです。再度、営業マンに挑戦。今度は不動産の営業。これは情けないことに半日でリタイア。こんなことを何度か繰り返しました。

営業の自信はありません

「もう、営業マンに挑戦するのはやめよう」

そう決意して、食肉材料の製造会社に面接を受けました。仕事の内容は、配送です。

「営業やってみない?」

面接をしてくれたその会社の社長が私に言うんです。

「いやぁ、営業はちょっとできませんので…」

「もし営業がイヤになったら、いつでも配送に戻っていいから、やってみない?」

「営業やっても、成績上げられる自信ないんで…」

こんな会話を繰り返しているうちに、いつの間にか私が営業をやることになってしまったんです。

営業先は、飲食店。そこに味付けした食肉材料を勧めに行くんです。

「1週間くらいたったら営業をやめて、配送に戻してもらおう」

とにかく、早く1週間が過ぎて配送に戻してもらうことばかりを考えていました。でも、そうはいっても、サボるわけにはいきません。

「食肉材のサンプルだけでも配って、働いたふりをすればいいや」

そう思ってサンプルを配っていたら、1件契約になってしまたんです。これは本当にまぐれだと思っていたので、特に嬉しさはありません。でも、次の日もまた次の日も、毎日続けて契約が取れるではないですか!

2ヶ月目も3ヶ月目も、毎日契約。この時、生まれて初めて、「仕事が面白い!」と心の底から想え、幸せな気分で一杯になりました。

ただひとつ不満なのは、どんなに契約を取ってても給料が全く上がらないこと。そこで私は、前から憧れていた教材営業マンに、再度挑戦しようと考えたんです。

「あいつは、営業の才能がない」

バンド活動では、アマチュアバンドコンテストで最優秀賞を受賞したりしたものの、話はそれ以上進展しません。この時27歳。今までかけてきた音楽への情熱を営業に託そう。そう決断して、音楽に一切を断ち切りました。

「もしかして、もしかしたら月収100万円も夢じゃないかも」

食肉材料の営業で、すっかり自信をつけた私は、やる気満々で教材会社に入社。

「1ヶ月目からガンガン売るぞ!」

店長は私のやる気を買ってくれて、新人としては異例のアポを初月からもらいました。しかも、通常は1日2~3本のものを、多い時で5本もアポを。

1ヶ月間のフタを開けてみると契約は1件だけ。売り上げは24万円。給料にもならない数字。

「あいつは、営業の才能がない」そのときの上司、横浜支店長に見切りをつけられました。当然といえば当然の話。営業は、数字がすべての世界ですから。

ところが、捨てる神あれば拾う神あり。

「もう少しだけ様子をみていみよう」社長が本社で私を引き取ることになったんです。社長は、前人未到の記録を作った元スーパー営業マン。

「とにかく社長から、売れる営業の全てを聞き出そう」

これが最後のチャンス。私は覚悟を決めました。わからないことがあったら、どんなささいなことも聞いて聞いて聞きまくりました

「社長の言うとおりのトークをやってもイエスはもらえなかったんですけど、この場合とう切り返せばいいんですか?」

「成績が良いから必要なと言われたんですが、このお客さんはターゲットじゃないんですか?」

来る日も来る日も、疑問点や判断がつかないことがあったら即、その日のうちに聞く。こんなことを、3ヶ月間繰り返しました。

そうしている中から、何が何でも売りつける営業マンではなく、興味があるかどうか振り分ける営業スタイルを身につけていきました

すると、5分も話ができなかったものが、10分、30分。1時間と話ができるようになり、3ヶ月目にして月収75万円に。その月を境に、まるでルートセールスのように年収1200万円を3年間継続達成

究極の営業への挑戦

prof-2.jpgそして私はさらに、営業の究極の道に挑戦しようと考えました。

「教材以外の商品でも私は売ることができるのか?」

「全くの新規から契約を取ることはできるのか?」

そこで選んだのが、住宅リフォーム営業。

「お客さんに喜ばれながら儲かる。こんな楽しい仕事はないよ」

面接をしてくれた社長のこの一言で、私は決めました。

住宅リフォーム営業に関しては、全くの独学で営業トークを設計。教材営業で学んだノウハウを、リフォーム営業に置き換えたんです。その結果、2ヶ月目で月収140万円。3ヶ月目で180万円を達成。ただ、契約が取れたいいのですが、納得がいかないまま仕事をしていました。

それは、職人の仕事の内容です。素人の私が見ても仕上がりが悪い。「年数が経ってるんだから仕方がないこと」職人に手直しをお願いしても、受け入れてくれません。

私は、お客さんにその仕上がりの悪い箇所が気づかれないよう、逃げるように集金。こんなことが1軒だけではなく、2軒も3軒も続きました。

こんな仕事いやだ

私は、契約をとったお客さん全ては自分の手で工事をやろうと考えたんです。今思えば、もっと何度も職人と話し合うことを怠った自分にも責任を感じます。

次の月、リフォームの「リ」の字も知らない人間が、トッラクや足場パイプなどの塗装工事道具一式を買い揃え、下請けとしてスタート。8ヶ月間、みっちり仕事を覚えました。

さらに夢は膨らみ、6ヶ月間で1000万円を貯めて会社を創ることを考えました。工事は工事スタッフに任せて、私は営業に専念。1日のスケジュールは、朝10時から12時。それから昼休みを取って2時から5時半までが仕事の時間。休みは週休2日。その他に雨の日、風の強い日は休み。こんな極めて少ない労働時間にも関わらず、みごと6ヶ月で開業資金1000万円を貯めることに成功!

東大宮駅から徒歩5分の場所に、念願の事務所を構えました。

開業してから半年間、正直言って私が理想としていた会社像とは、全く正反対。求人をかけても人は集まらない。やっと集まったと思ったら、全く売り上げを上げる者がいない。文句だけは、人一倍。しまいには、会社の金品を持ち出す者。トラブルを起こす者。

「こんな状態で、果たして儲かる会社ができるのだろうか・・・」

社員みんなが笑顔で楽しく仕事をしている。

一体どうやれば、そんな会社にすることができるのか。想像が全くつきません。そればかりかどんなに私が稼いでも、営業マンたちの給与や経費を払うと会社の利益はなし。いや、それどころかどんどん貯めていた資金が減っていきます。

「何とかしなくては」

そこで私は、会社の体制作りを始めました。就業規定や管理体制など基本的なことをひとつひとつ決めていったんです。

「もし、これでもだめだったら、もう人を募集するのはやめよう」

腹を決めました。

このとき、私の頭の中に親父から聞かされた言葉のスイッチが、カチッと入ったんです。

仕事は楽しむものじゃない。苦しいんだ。苦しいから仕事なんだ

体制作りを始めてから3ヶ月目。事務所を構えて初めて、営業マンたちが売り上げを上げ始めたんです。この月を境に、売り上げは右肩上がりにぐんぐんと伸び始めました。1年後には年商3億円の会社にまでに成長

集客方法は飛込み営業。それに加え、テレアポをやったり、チラシを新聞に折り込んだり、試行錯誤を繰り返し、さらに営業マンが仕事をやりやすい会社に改造していました。

「社長、これじゃ全部税務署に持っていかれますよ」

毎年、税理士の先生に言われくらい会社としての利益も上げていました。

しかし、なぜか達成感がない。

「ついにここまでこれたんだ!」こんな充実感も全くない。

こんな自分が不思議で不思議でしかたがない。でも、どんなに考えてもなぜ達成感も充実感もないのかが全くわからない。

ちょうどそんな時、会社を設立して以来、初めて売り上げが下がりました。その大きな原因は、チラシの反響率が著しく落ちたことです。

そこからです。転落したのは・・・

でも、私はそれを楽しみました。

「よし、これを一気に上昇気流に乗せようじゃないか」

会社をやっていれば、一時的に落ちることは、どんな会社でも必ずあること。こんなことがあることは覚悟していたんです。

しかし、これが3ヶ月たっても4ヶ月たっても一向に回復の兆しが見えてこない。それどころか、新しい策を打ち出してもまったくかすりもしない。

「このままじゃ、赤字に転落だ・・・」

次第に私は焦りだした。

「これでだめだったら、もうおしまいだ」

そこで私が出した策は、今のチラシでの集客を飛び込み営業に戻すこと。

営業マンが、仕事がやりやすいようにと最終的に落ち着いたはずのチラシ反響。でも、こんな状態になった以上、そんなことを選んでいる場合じゃない。

飛び込み営業のスタイルに戻して3ヶ月。みごと全盛期時代の売り上げに、復活させることができました

しかし、なぜかここでも達成感がない。

「俺はこんな逆境を乗り越えたんだ!」全くこんな気持ちも起きてこない。

「なぜなんだ」自分に聞いてみても全くわからない。

それとは全く反対に、これから先自分は何をやっていけばいいのか、何もわからなくなった。

全盛期時代の売り上げに、みごと復活させることはできたものの、いままで一緒にやってきた社員全員が入れ替わりました。

長年勤めていた事務員までが。

思えば会社を始めて7年間、創業当時から続いている社員が誰一人としていないことに気がついたんです。そして、本当に心を割って話し合える社員もだれ一人としていなかったことにも、このとき初めて気がついたんです。

 

なんだかこれを知った瞬間、生きる気力がなくなりました。

何のために会社を始めたのか。


何のために自分は生きてきたのか。

自分が生きている意味がわからない。


こんな気持ちをリセットするのに、会社を閉めるしか私には選択できませんでした。

自分に負けました。

私を信じてくれて契約をしてくれたお客さん。

最後まで残ってくれた社員。

本当に申し訳ない気持ちで一杯です。

でも、私にはこれ以外の方法を見つけ出すことはできなかったんです。

会社を閉めた後も、どう生きていけばいいか何も見つからない。見つけられない。

「せっかくここまでやってきたのに」

 リフォーム会社のときの協力業者のAさんが、私を心配して電話をくれたんです。

「もしよかったら、お客さんや営業ツールとか全部あげるから、やってみれば?」

 こんな何気ない会話から、Aさんに私が今までやってきた営業のやり方や集客方法を、Aさんに使ってもらう話に。

 職人一筋、営業経験一切なしのAさんが、営業に挑戦。そんなAさんが1ヶ月足らずで、初契約。それに続けて契約二本目、三本目と次々と契約を上げてきたんです。

そのとき、なぜか自分が契約を上げたかのように嬉しい。いや、自分が契約を上げたとき以上に嬉しかったのかもしれません。

「自分で契約になったお客さんって、工事に一段と力が入りますね!」

Aさんのこの言葉と、ある会社に潜り込んだことがきっかけでひらめいたんです。(ある会社のことは、「はじめての方へ」を読んでください)

「今、自分にできることって、もしかしたらこれなのか」

唯一、私にぶれることなく力を発揮できるものは営業。過去を振り返れば、営業だけは今までずっと力を出していたとこと。私が持っている営業のやり方や、私が経験してきた経営、売れる仕組み作りが、もしかしたら、役に立ててもらえることができるのかもしれない。

もしかしたら、こんな私を必要としている人がいるのかもしれない。

だんだんとそう思えるようになったのです。

そうして私は、自分の経験を元に小心者専門営業コンサルタントとしてやっていく決意をしました。それから3年間、セミナーやコンサルティングなどをとおして、何百人もの営業マンや経営者に、営業のやり方や売れる仕組み作りを伝えてきました。

 

そして、もっと経営者や営業マンに可能性を実感する方法がないかを研究したりもしました。この活動の中で、わかってきたことがあります。

それは、仕事への先入観です。

仕事は楽しむものじゃない。苦しいんだ。苦しいから仕事なんだ

こんなことを言う親父の反発から、社会に出て楽しいことだけしかやらなかった私。それが会社を設立して、親父の言葉のスイッチが入ったとたん、私じゃない私が作りださせたんです。

「本当に楽しく仕事するんだね」営業マン時代、同僚に何度か言われたことがあります。こんな私が、会社を設立して変わりました。

「木戸さんもやっぱり笑うんですね」私に生きる希望を与えてくれた、Aさんに言われました。会社をやっていた頃の私は、ほとんど笑わなかったそうです。

こんな人間は、私だけかと思っていました。

しかし、コンサルタント活動をしている中で私だけではないことに気がついたんです。

仕事に楽しさを見出すことができないだけではなく、命まで落とす人も身近にいました。

私のような、苦い経験をする必要はありません。

命を絶つ必要も全くありません。

そのことを私は、一生伝え続けていきたいと思っています。

なぜなら、これが私に命を与えてくれた使命です。

なんで今の仕事してるの?

そう聞かれたときなんの迷いもなく

何を当たり前のことを聞いてるんですか! そんなの楽しいからに決まってるじゃないですか!!

と即答する人になってもらいたい!

本当に心に何の迷いまもなく「楽しい」と言えるのは、「キャッシュポイント」と、「人とのつながりを持つ」。この両輪が回っていることです。

あなたは、なんで今の仕事をしてるんですか?

 

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